河北新報 GIGARETRO 年代別関連性分類。ドキュメント引用。日付別出来事。今日のできごと。過去のできごと。
2014922日版
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河北新報


河北新報(かほくしんぽう)は、仙台市に本社を持つ河北新報社が発行する日刊新聞で、一般に東北地方ブロック紙として扱われる[1]。販売部数(日本ABC協会調査)は朝刊約44万部、夕刊約8万部(2012年1月)[2]仙台都市圏ではセット版(夕刊)、他は統合版(朝刊だけ)。

目次

概要

一力健治郎らが経営難の「東北日報」を引き継ぎ、明治維新の際に薩長から「白一山百文」(白河の関(現・福島県白河市)より北は、山ひとつ100文の価値しか持たないの意)と蔑まれた東北の意地を見せるべく「河北」と改題して1897年明治30年)1月17日に創刊した(宮城県を流れる「北上川」の称ではない)。なお明治10年頃、在地の民権派が好んで広域的な「東北」という地名を各地の紙名に用いていたが、河北新報創刊の頃にはこの傾向は衰え、大正時代には河北新報以外に広域的な名称の新聞は東北地方から消えている[3]

東北6県で販売されており、特に地元・宮城県内での世帯普及率は70%に迫る高さである一方、宮城県以外の各県での世帯普及率は低い。そのため、全般的に宮城県の県紙としての性格が色濃いが、東北地方全体の政治経済および各地域の話題を俯瞰できるため、宮城県外では主に職場で読まれる傾向がある。なお、ごく初期には、東北地方諸藩からの開拓移民が多かった北海道でも販売されていたが、明治期に販売競争に敗れ撤退している。

現在のコーポレート・スローガンは「『東』は未来」。1993年平成5年)から使われている河北新報社のシンボルマークは、グラフィックデザイナーである永井一正の作品。

印刷は2003年(平成15年)より泉パークタウン(仙台市泉区)にある河北新報印刷センターで行っている。同センターは超高速タワー型オフセット輪転機を備えており、他紙の印刷業務も一部受託している。2011年(平成23年)秋からは朝日新聞の受託印刷を開始した。[4]また、2012年(平成24年)春からは読売新聞の受託印刷を開始する。[5]

2007年(平成19年)4月1日付より、朝刊1部売りの価格を110円から130円に値上げした。なお、月ぎめ価格(セット版3,925円、統合版3,007円)と夕刊1部売り価格(50円)は変わらない。

紙面

1997年(平成9年)には米の栽培と人間生活を扱った連載企画「オリザの環」で日本新聞協会賞を受賞。又、社会問題化していたスパイクタイヤを全廃に追い込んだのは、河北新報の記事が発端であった事は特筆すべき事項でもある。

東北地方に関する記事だけでなく、首都圏の知識人や文化人を独自に取材した記事を多く掲載している。

三大ブロック紙北海道新聞中日新聞西日本新聞)などとの記事の交換も行っている。また、近年では東北6県の他県紙(東奥日報岩手日報秋田魁新報山形新聞福島民報福島民友)との連携企画も増えている(東北電力が協力している場合は新潟日報も加わる)。

スポーツ関連では、東北楽天ゴールデンイーグルスベガルタ仙台仙台89ersをはじめとした仙台のスポーツに関連した記事を多く取り扱っている。場合によって(勝利試合など)はスポーツ面のみでなく1面や社会面、ローカル面でも話題が取り上げられることもある。また数ページを使用した特集記事も時折掲載される。

紙面の論調は、一般的な地方紙と同様に原則として革新側に軸足を置き(共同通信社からの配信記事が革新側の傾向が強いためその影響が反映されてしまうという事情もある)、東北の立場での主張を主軸としている。

ブロック紙としての性格

東北地方に販路と総局をもっており、「ブロック紙」とされているが、実際には本社を置く仙台市・宮城県からの視点で書かれた記事も多い[6]。宮城県以外の5県では、役所、職場等で購読されていたり、公立図書館や大学図書館で備え付けているところも多いが、各県内の地方紙の勢力が強く、河北新報のシェアは高くはない[7]

宮城県外向けとなる早版(13版、14版)の締切時刻は、国政選挙や統一地方選挙の翌日など特別な場合を除き、午後11時頃である。そのため、地方選挙の開票状況(最終確定票)が紙面に反映されないことが多い(統合版でもあるため、開票結果は翌々日の紙面に掲載されることになる)。選挙が行われた当該地域では、河北新報から配信された速報ファクスを販売店が独自にコピーして、開票翌日の新聞に折り込んで配ることが多い(コピー折込の判断はそれぞれの販売店が行うので、選挙が行われた地域でも折込配信されないことがある)。

沿革

4コママンガ

2012年(平成24年)2月1日より連載開始。北海道新聞中日新聞東京新聞北陸中日新聞日刊県民福井)、神戸新聞中国新聞徳島新聞愛媛新聞西日本新聞にも掲載。
2007年(平成19年)6月30日までは「あんずちゃん」(田中しょう)が、2007年(平成19年)7月1日より2012年(平成24年)1月31日まで「ちびまる子ちゃん」(さくらももこ)がそれぞれ連載されていた。
  • 夕刊 現在は掲載なし。
題字が縦書きだった2003年(平成15年)9月30日までは「ロボットけんちゃん」(藤井レオ)が掲載されていた。

テレビ・ラジオ欄(番組表)

(2011年10月現在の掲載順。特記のないものはフルサイズ)

掲載地域 第一テレビ面(最終面) 第二テレビ面(中面) 第三テレビ面(中面)
宮城版

NHK総合仙台放送局
NHK Eテレ(仙台放送局)
TBCテレビ
仙台放送
ミヤギテレビ
東日本放送
NHK BS1(ハーフサイズ)
NHK BSプレミアム(ハーフサイズ)
WOWOWプライム(ハーフサイズ)

宮城県版には第2・3テレビ面が存在しない
※県外テレビ局の番組表は載せていない。
宮城県外版

NHK総合(盛岡放送局
NHK Eテレ(盛岡放送局)
IBCテレビ
テレビ岩手
岩手めんこいテレビ
岩手朝日テレビ
TBCテレビ(ハーフサイズ)
仙台放送(ハーフサイズ)
ミヤギテレビ(ハーフサイズ)
東日本放送(ハーフサイズ)

NHK総合(福島放送局

福島テレビ
福島中央テレビ
福島放送
テレビユー福島
テレビユー山形
山形放送
山形テレビ
さくらんぼテレビ

NHK総合(青森放送局

秋田放送テレビ
秋田テレビ
秋田朝日放送
青森放送
ATV青森テレビ
青森朝日放送
NHK BS1(ハーフサイズ)
NHK BSプレミアム(ハーフサイズ)
WOWOWプライム(ハーフサイズ)

  • 2010年(平成22年)現在の番組表は、宮城版(宮城県内向け。地上波テレビ番組も県内のもののみ収録)と宮城県外版の二本建てとなっている。宮城県外版のNHKテレビ番組表は以下の取扱いとなっている。
    • 総合テレビ - 第一テレビ面で盛岡局、第二テレビ面で福島局、第三テレビ面で青森局の番組表を掲載。山形局のローカル番組は第二テレビ面で(山形別)の表記、秋田局のローカル番組は第三テレビ面で(秋田別)の表記がなされる。その関係から、第三テレビ面の総合テレビ番組表のみリモコンキーIDの表示が無い(青森局と秋田局でリモコンキーIDが異なるため)。
    • Eテレ - 第一テレビ面に盛岡局の番組表を掲載。福島局・山形局・青森局・秋田局のローカル番組が放送される時は、(○○別)の表記がなされる。
  • 1990年代中ごろから2003年(平成15年)までは、全域で第二・第三テレビ面がなく、県域面(後述)があったことから、宮城版、福島版、山形版、岩手版、青森・秋田版の区分で掲載されていた。2004年(平成16年)の紙面刷新(宮城版以外の県域面廃止)で、宮城版、南版(福島・山形)、北版(岩手・青森・秋田)に再編。2010年(平成22年)4月からは宮城を除く地域では6県分の番組表が掲載されるようになったが、宮城・岩手・山形・福島は最終面にハーフサイズでの掲載だった(中面の秋田、青森はフルサイズのまま)。2010年6月から現在の区分に変更された。
  • 山形県の民放局だけ開局順の配列になっていないが(最先発局は山形放送)これは、山形県の民放4局のうちテレビユー山形に対してのみ河北新報が出資をしていることが理由とされている。
  • 宮城県外版における「番組解説・見どころ」の放送局名表記は以下のようになっている。ただし、紹介された当該番組を放送しない局がある場合や、放送開始時刻が異なる場合はこの限りではない。

このように各局名を列挙しているのは、クロスネット局が存在していたり、番組販売などによる遅れネットが存在していた頃の名残といえる。

  • なお、岩手・宮城・福島県ではアナログ放送終了が2012年3月31日まで延期されたが、他の3県を含め朝刊にはアナログ放送のチャンネル番号は記載されなかった(1970年代前半ごろまでは主要中継局のチャンネル数字がテレビ局名の下に掲載されていた)。仙台都市圏で発行されている夕刊には、この前日の3月30日まで、アナログ放送のチャンネル番号(仙台本局)が記載されていた。
  • ラジオ・衛星デジタル放送面は全域で共通のフォーマットを使用し、東北六県全てのラジオ局とラジオNIKKEIを掲載。2011年(平成23年)10月からデジタル教育サブチャンネルはBSスカパーの下1/4サイズ程度を使って掲載するようになった。さらに2012年3月30日からはJ SPORTS1・2・3の番組表を1/2サイズで新たに掲載(これによりスターチャンネル1、BS11、TwellVは1/2サイズに縮小)。また、NHKラジオは仙台放送局の番組表となっている(NHKラジオ第一とNHK-FMの深夜放送休止は宮城県内のみフォロー。宮城県外でローカル番組が組まれる場合の注記は一切ない)。NHK-FMDate FM、TBCラジオは枠が1段分大きい。過去にはTBSラジオ文化放送ニッポン放送ラジオ日本の深夜番組枠が掲載されていた。

県域面

  • 2003年(平成15年)までは、各県ごとに県域面が存在していた(宮城版は日によって異なるが平均で4ページ、他県版は毎日1ページ(県によっては2ページの場合もあり)、あとのページは前日の夕刊の中面に差し替え。)。
  • 2004年(平成16年)の紙面刷新で、宮城版を除く県域面が廃止され「とうほく交流ワイド」面2ページが新設された(宮城版は「とうほく交流ワイド」面2ページに加えて、県域面「みやぎ」2ページ+「みやぎ地域ニュース」2ページの4ページが別途あり、宮城以外では前日の夕刊の中面に差し替え)。河北新報の発表データによると、2009年現在で宮城版以外の発行部数は約1.5万部と、全体の発行部数に比してごくわずかであり、各県ごとに紙面を差し替える余裕がなくなったためとみられる。
  • 2008年(平成20年)4月からは「とうほく交流ワイド」面が「ワイド東北」面に宮城版の圏域面「みやぎ」が「みやぎ総合」、「みやぎ地域ニュース」が「みやぎ街ひと話題」に名称変更された。

東北地方太平洋沖地震

  • 2011年3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)により、南三陸町の志津川支局は津波で流され、石巻総局や気仙沼総局なども浸水の被害を受けた。
  • 本社ではCTSが転倒したため、新聞製作が困難になり、災害協定を結んでいた新潟日報社が地震発生を知らせる号外を作り、そのデータを河北新報社に送信して河北新報社の印刷所で印刷した。
  • 翌日12日付けの朝刊は河北新報の記事を回線を使い新潟日報社に送って紙面を作成、同様に河北新報社の印刷所で印刷し、被害の大きかった地域を除き宅配も行われた。この日の朝刊は8ページだが(通常は26ページ 番組表も宮城県のもののみを掲載し、テレビ・ラジオを1頁にまとめる特例版<宮城県外の局はラジオを含め割愛>となった)、写真を多数掲載し、宮城県および東北地方各地の被害を伝えた。これ以降は本社で全ての新聞製作が行われた。
  • 3月13日(日)には朝刊の他に午後に号外も配られた。12日、13日の新聞は一部の販売店で無料で配られた。
震災関係の記事は河北新報の特設ページに掲載されているほか、同社が全国向けに出版した震災記録写真集にも12-14日朝刊の一部が収録されている。
  • 東北地方太平洋沖地震発生(3月11日)から翌日(3月12日)の朝刊を刷り上げるまでの河北新報社内のドキュメントが、『河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙』という書物に纏められて出版された[8]
  • 震災一周年の2012年3月11日(宮城県内の亡くなった方)、12日(宮城県外の亡くなった方)で、東北地方太平洋沖地震で亡くなった15,854人すべての方の名前を載せた。

トラブル

  • 2013年1月22日21時30分頃、輪転機を冷やすモーターが故障した。この修理に約3時間を要した為、トラックで新聞を輸送する秋田県の全域と青森県及び岩手県福島県の一部で1月23日の朝刊(約1700部)が配達されない事態が発生した。

脚注

  1. ^ 『大辞泉』 小学館、1998年
  2. ^ 広告料金表
  3. ^ 新聞・雑誌名「東北」にみる明治期の東北地域観岩手大学教育学部研究年報第57巻第2号、1998年2月)
  4. ^ 朝日新聞を受託印刷(河北新報社)
  5. ^ 河北新報社が読売新聞の一部を受託印刷(河北新報社)
  6. ^ 広告も、全国共通のものをのぞくと宮城県内向けのものがほとんどである。
  7. ^ 岩手県で比較的多く読まれているほかは各県の購読数は数百部程度にとどまる。参考・河北折込センター
  8. ^ 河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙 文藝春秋社書籍ショールーム参照

関連項目

外部リンク

生年・年代別人物ナビ

09月22日の出来事

出来事
1912 暴風雨により、愛知県内で134名の死者を出すなど、日本各地に甚大な人的・物的被害が出る。
1914 ドイツ海軍がパペーテを砲撃
1937 国民党中央通訊社が国共合作宣言書を公表
1945 GHQ: 日本放送遵則 (Radio Code for Japan) を発令 (SCAPIN-43)
1950 日大ギャング事件が発生。
1970 米上院で大気汚染防止法案(マスキー法)が可決される。
1975 エニックス設立。
1980 イラン・イラク戦争勃発。
1982 三越岡田茂社長が取締役会で解任される。「なぜだ!」という言葉が話題に。その後背任で愛人とともに逮捕(三越事件)。
1985 アメリカニューヨークG5プラザ合意。翌日ドルは暴落。元も暴落し、日本円は1ドル200円台から100円台に高騰した。この後日本は円高不況を経てバブル景気へ向かう。
1986 安中公害訴訟の和解が成立し、東邦亜鉛が住民に4億5000万円を賠償した。
1987 昭和天皇、腸通過障害のため宮内庁病院で手術。初の沖縄訪問が中止になった。10月7日に退院。
1988 オウム真理教によるオウム真理教在家信者死亡事件発生。
1989 大相撲秋場所千代の富士が通算965勝を挙げ、最多勝記録を樹立。
1990 北京アジア大会が開幕、10月7日まで開催。
1991 クロアチアユーゴスラビア軍と衝突(クロアチア紛争1995年まで続く)。
1997 ロックバンド「X JAPAN」が記者会見を開き、解散を発表。
2000教育改革国民会議中間報告 -教育を変える17の提案-」(中間報告)が発表。
2003 小泉再改造内閣発足。
2006 ドイツ磁気浮上式高速鉄道トランスラピッド)のエムスランド実験線で、試運転中のトランスラピッドが、200km/h前後と推定される速度で工事用車両と衝突、作業員2人と、リニアに乗車していた見学者ら29名の計31名が巻き込まれ、21人が死亡。リニアモーターカーで、初めて死者が出た大事故。

09月22日生まれ

生誕
1900 ポール・エメット化学工学者(+1985年
1905 オイゲン・ゼンガー、航空エンジニア(+1964年
1908 松山崇美術監督(+ 1977年)
1909 デイヴィッド・リースマン社会学者(+2002年
1912 清水崑漫画家(+1974年
1913 平塚八兵衛、警視庁刑事(+1979年
1914 北条民雄小説家(+1937年
1918 ヘンリク・シェリングヴァイオリニスト作曲家(+1988年
1919 星田次郎、プロ野球選手(+1960年
1923 小林章良、元プロ野球選手(+2002年
1927 トミー・ラソーダ、元メジャーリーガー
1931 貞永方久、映画監督(+2011年
1932 ケン・アスプロモンテ、元プロ野球選手
1933 鈴木隆、元プロ野球選手
1935 岡田眞澄俳優タレント(+2006年
1939 田部井淳子登山家
1942 デビッド・スターン、NBAのコミッショナー
1947 谷沢健一、元プロ野球選手(中日)・野球解説者
1951 デイヴィッド・カヴァデール、ミュージシャン
藤沢和雄調教師
志垣太郎俳優声優
1952 五大路子、女優
1953 セゴレーヌ・ロワイヤル政治家
1956 石毛宏典、元プロ野球選手
鈴木雅之、歌手
1957 近藤典子、アメニティーアドバイザー
1958 松村あゆみテレビプロデューサー・テレビ演出家脚本家
1959 石井竜也、歌手
1964 佐伯敏光山形放送アナウンサー
1965 橋本潮歌手
豊ノ海真二、元大相撲力士
吉川弘幸、元プロ野球選手
ルビー・モレノ、フィリピン出身の女優
1967 緒形直人、俳優
スペル・デルフィンプロレスラー
1969 渡辺真美歌手
ジェフ・バリー、元プロ野球選手
1970 エマニュエル・プティ、元サッカー選手
1971 徳永暁人doaB'zのサポートメンバー
酒井弘樹、元プロ野球選手
1973 趙宏博、フィギュアスケート選手
1974 ボブ・サップ、格闘家
橿渕聡、元プロ野球選手
1976 三上大和、俳優
ロナウド、元サッカー選手
1977 遠藤里沙、元秋田放送、元文化放送アナウンサー
WADA、アルファのMC
1978 羽田実加、タレント
ハリー・キューウェル、サッカー選手
1979 竹内めぐみ、歌手、詩人
1980 井手迫弘美ローカルタレント
ジェームス・ブラックフィギュアスケート選手
1981 渋谷すばる、男性アイドル(関ジャニ∞)
アレクセイ・ラミレス、メジャーリーガー
苫米地鉄人、元プロ野球選手
山瀬功治、プロサッカー選手
1982 北島康介、競泳選手
小松由佳登山家
マールテン・ステケレンブルフ、サッカー選手
1983 今井絵理子、歌手、女優、SPEEDメンバー
谷田悠介、サッカー選手
1984 チアゴ・シウヴァ、サッカー選手
新城幸也、自転車競技選手
中山真見、読者モデル・保険代理店経営
テレサ・フー、歌手、女優
佐伯三貴、プロゴルファー
城戸あやか、AV女優
1985 成田童夢スノーボードハーフパイプ選手
新井彩可、空手選手
オルガ・クバシェビッチ、バレーボール選手
BUNBUN、イラストレーター
1986 美波、女優・ファッションモデル・編集者映画監督
矢作紗友里声優
セルゲイ・ドブリンフィギュアスケート選手
朴顯俊、元プロ野球選手
1987 トム・フェルトン、イギリスの俳優
神崎詩織、女優
滝沢ななえ、バレーボール選手
1989 大浦育子、ファッションモデル
1990 植田真梨恵、シンガーソングライター
広瀬愛梨、グラビアアイドル
吉村綾花、元SweetS
マーヴィン・トラン、フィギュアスケート選手
ジェレミー・アーヴァイン、俳優
1991 瞳はるか、元ファンタピース
1993 後藤果萌、女優
普天間みさき、ファッションモデル、女優
1995 葉月あい、女優、ジュニアアイドル

09月22日死没

死没
1911 オスカル・ケルネル農芸化学者(*1851年
1939 ヴェルナー・フォン・フリッチュドイツ陸軍上級大将(*1880年
1944 東坊城恭長、俳優・映画監督(*1904年
1948 アーダルベルト・フォン・プロイセン、元ドイツ帝国皇帝ヴィルヘルム2世の三男(*1884年
1949 金正淑金日成夫人・金正日生母(*1917年
1950 藤原咲平気象学者(*1884年
ラルフ・ローレンス・カーコロラド州知事(*1887年
1956 フレデリック・ソディ化学者(* 1877年)
1964 佐々木邦作家(*1883年
1976 亀田忠、元プロ野球選手(*1912年
1980 河上徹太郎、文芸評論家(*1902年
1982 佐分利信、俳優(*1909年
1986 坪井誠太郎地質学者(*1893年
1989 アーヴィング・バーリン、作曲家(*1888年
岡崎嘉平太実業家(*1897年
1991 日影丈吉、小説家(*1908年
1993 モーリス・アブラヴァネル、指揮者(*1903年
1997 横井庄一、元残留日本兵(*1915年
2000 坂井三郎撃墜王(*1916年)
2001 アイザック・スターンヴァイオリニスト(*1920年
2003 鷲見四郎、ヴァイオリニスト(*1913年