河北新報 GIGARETRO 年代別関連性分類。ドキュメント引用。日付別出来事。今日のできごと。過去のできごと。
20141025日版
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河北新報


河北新報(かほくしんぽう)は、仙台市に本社を持つ河北新報社が発行する日刊新聞で、一般に東北地方ブロック紙として扱われる[1]。販売部数(日本ABC協会調査)は朝刊約44万部、夕刊約8万部(2012年1月)[2]仙台都市圏ではセット版(夕刊)、他は統合版(朝刊だけ)。

目次

概要

一力健治郎らが経営難の「東北日報」を引き継ぎ、明治維新の際に薩長から「白一山百文」(白河の関(現・福島県白河市)より北は、山ひとつ100文の価値しか持たないの意)と蔑まれた東北の意地を見せるべく「河北」と改題して1897年明治30年)1月17日に創刊した(宮城県を流れる「北上川」の称ではない)。なお明治10年頃、在地の民権派が好んで広域的な「東北」という地名を各地の紙名に用いていたが、河北新報創刊の頃にはこの傾向は衰え、大正時代には河北新報以外に広域的な名称の新聞は東北地方から消えている[3]

東北6県で販売されており、特に地元・宮城県内での世帯普及率は70%に迫る高さである一方、宮城県以外の各県での世帯普及率は低い。そのため、全般的に宮城県の県紙としての性格が色濃いが、東北地方全体の政治経済および各地域の話題を俯瞰できるため、宮城県外では主に職場で読まれる傾向がある。なお、ごく初期には、東北地方諸藩からの開拓移民が多かった北海道でも販売されていたが、明治期に販売競争に敗れ撤退している。

現在のコーポレート・スローガンは「『東』は未来」。1993年平成5年)から使われている河北新報社のシンボルマークは、グラフィックデザイナーである永井一正の作品。

印刷は2003年(平成15年)より泉パークタウン(仙台市泉区)にある河北新報印刷センターで行っている。同センターは超高速タワー型オフセット輪転機を備えており、他紙の印刷業務も一部受託している。2011年(平成23年)秋からは朝日新聞の受託印刷を開始した。[4]また、2012年(平成24年)春からは読売新聞の受託印刷を開始する。[5]

2007年(平成19年)4月1日付より、朝刊1部売りの価格を110円から130円に値上げした。なお、月ぎめ価格(セット版3,925円、統合版3,007円)と夕刊1部売り価格(50円)は変わらない。

紙面

1997年(平成9年)には米の栽培と人間生活を扱った連載企画「オリザの環」で日本新聞協会賞を受賞。又、社会問題化していたスパイクタイヤを全廃に追い込んだのは、河北新報の記事が発端であった事は特筆すべき事項でもある。

東北地方に関する記事だけでなく、首都圏の知識人や文化人を独自に取材した記事を多く掲載している。

三大ブロック紙北海道新聞中日新聞西日本新聞)などとの記事の交換も行っている。また、近年では東北6県の他県紙(東奥日報岩手日報秋田魁新報山形新聞福島民報福島民友)との連携企画も増えている(東北電力が協力している場合は新潟日報も加わる)。

スポーツ関連では、東北楽天ゴールデンイーグルスベガルタ仙台仙台89ersをはじめとした仙台のスポーツに関連した記事を多く取り扱っている。場合によって(勝利試合など)はスポーツ面のみでなく1面や社会面、ローカル面でも話題が取り上げられることもある。また数ページを使用した特集記事も時折掲載される。

紙面の論調は、一般的な地方紙と同様に原則として革新側に軸足を置き(共同通信社からの配信記事が革新側の傾向が強いためその影響が反映されてしまうという事情もある)、東北の立場での主張を主軸としている。

ブロック紙としての性格

東北地方に販路と総局をもっており、「ブロック紙」とされているが、実際には本社を置く仙台市・宮城県からの視点で書かれた記事も多い[6]。宮城県以外の5県では、役所、職場等で購読されていたり、公立図書館や大学図書館で備え付けているところも多いが、各県内の地方紙の勢力が強く、河北新報のシェアは高くはない[7]

宮城県外向けとなる早版(13版、14版)の締切時刻は、国政選挙や統一地方選挙の翌日など特別な場合を除き、午後11時頃である。そのため、地方選挙の開票状況(最終確定票)が紙面に反映されないことが多い(統合版でもあるため、開票結果は翌々日の紙面に掲載されることになる)。選挙が行われた当該地域では、河北新報から配信された速報ファクスを販売店が独自にコピーして、開票翌日の新聞に折り込んで配ることが多い(コピー折込の判断はそれぞれの販売店が行うので、選挙が行われた地域でも折込配信されないことがある)。

沿革

4コママンガ

2012年(平成24年)2月1日より連載開始。北海道新聞中日新聞東京新聞北陸中日新聞日刊県民福井)、神戸新聞中国新聞徳島新聞愛媛新聞西日本新聞にも掲載。
2007年(平成19年)6月30日までは「あんずちゃん」(田中しょう)が、2007年(平成19年)7月1日より2012年(平成24年)1月31日まで「ちびまる子ちゃん」(さくらももこ)がそれぞれ連載されていた。
  • 夕刊 現在は掲載なし。
題字が縦書きだった2003年(平成15年)9月30日までは「ロボットけんちゃん」(藤井レオ)が掲載されていた。

テレビ・ラジオ欄(番組表)

(2011年10月現在の掲載順。特記のないものはフルサイズ)

掲載地域 第一テレビ面(最終面) 第二テレビ面(中面) 第三テレビ面(中面)
宮城版

NHK総合仙台放送局
NHK Eテレ(仙台放送局)
TBCテレビ
仙台放送
ミヤギテレビ
東日本放送
NHK BS1(ハーフサイズ)
NHK BSプレミアム(ハーフサイズ)
WOWOWプライム(ハーフサイズ)

宮城県版には第2・3テレビ面が存在しない
※県外テレビ局の番組表は載せていない。
宮城県外版

NHK総合(盛岡放送局
NHK Eテレ(盛岡放送局)
IBCテレビ
テレビ岩手
岩手めんこいテレビ
岩手朝日テレビ
TBCテレビ(ハーフサイズ)
仙台放送(ハーフサイズ)
ミヤギテレビ(ハーフサイズ)
東日本放送(ハーフサイズ)

NHK総合(福島放送局

福島テレビ
福島中央テレビ
福島放送
テレビユー福島
テレビユー山形
山形放送
山形テレビ
さくらんぼテレビ

NHK総合(青森放送局

秋田放送テレビ
秋田テレビ
秋田朝日放送
青森放送
ATV青森テレビ
青森朝日放送
NHK BS1(ハーフサイズ)
NHK BSプレミアム(ハーフサイズ)
WOWOWプライム(ハーフサイズ)

  • 2010年(平成22年)現在の番組表は、宮城版(宮城県内向け。地上波テレビ番組も県内のもののみ収録)と宮城県外版の二本建てとなっている。宮城県外版のNHKテレビ番組表は以下の取扱いとなっている。
    • 総合テレビ - 第一テレビ面で盛岡局、第二テレビ面で福島局、第三テレビ面で青森局の番組表を掲載。山形局のローカル番組は第二テレビ面で(山形別)の表記、秋田局のローカル番組は第三テレビ面で(秋田別)の表記がなされる。その関係から、第三テレビ面の総合テレビ番組表のみリモコンキーIDの表示が無い(青森局と秋田局でリモコンキーIDが異なるため)。
    • Eテレ - 第一テレビ面に盛岡局の番組表を掲載。福島局・山形局・青森局・秋田局のローカル番組が放送される時は、(○○別)の表記がなされる。
  • 1990年代中ごろから2003年(平成15年)までは、全域で第二・第三テレビ面がなく、県域面(後述)があったことから、宮城版、福島版、山形版、岩手版、青森・秋田版の区分で掲載されていた。2004年(平成16年)の紙面刷新(宮城版以外の県域面廃止)で、宮城版、南版(福島・山形)、北版(岩手・青森・秋田)に再編。2010年(平成22年)4月からは宮城を除く地域では6県分の番組表が掲載されるようになったが、宮城・岩手・山形・福島は最終面にハーフサイズでの掲載だった(中面の秋田、青森はフルサイズのまま)。2010年6月から現在の区分に変更された。
  • 山形県の民放局だけ開局順の配列になっていないが(最先発局は山形放送)これは、山形県の民放4局のうちテレビユー山形に対してのみ河北新報が出資をしていることが理由とされている。
  • 宮城県外版における「番組解説・見どころ」の放送局名表記は以下のようになっている。ただし、紹介された当該番組を放送しない局がある場合や、放送開始時刻が異なる場合はこの限りではない。

このように各局名を列挙しているのは、クロスネット局が存在していたり、番組販売などによる遅れネットが存在していた頃の名残といえる。

  • なお、岩手・宮城・福島県ではアナログ放送終了が2012年3月31日まで延期されたが、他の3県を含め朝刊にはアナログ放送のチャンネル番号は記載されなかった(1970年代前半ごろまでは主要中継局のチャンネル数字がテレビ局名の下に掲載されていた)。仙台都市圏で発行されている夕刊には、この前日の3月30日まで、アナログ放送のチャンネル番号(仙台本局)が記載されていた。
  • ラジオ・衛星デジタル放送面は全域で共通のフォーマットを使用し、東北六県全てのラジオ局とラジオNIKKEIを掲載。2011年(平成23年)10月からデジタル教育サブチャンネルはBSスカパーの下1/4サイズ程度を使って掲載するようになった。さらに2012年3月30日からはJ SPORTS1・2・3の番組表を1/2サイズで新たに掲載(これによりスターチャンネル1、BS11、TwellVは1/2サイズに縮小)。また、NHKラジオは仙台放送局の番組表となっている(NHKラジオ第一とNHK-FMの深夜放送休止は宮城県内のみフォロー。宮城県外でローカル番組が組まれる場合の注記は一切ない)。NHK-FMDate FM、TBCラジオは枠が1段分大きい。過去にはTBSラジオ文化放送ニッポン放送ラジオ日本の深夜番組枠が掲載されていた。

県域面

  • 2003年(平成15年)までは、各県ごとに県域面が存在していた(宮城版は日によって異なるが平均で4ページ、他県版は毎日1ページ(県によっては2ページの場合もあり)、あとのページは前日の夕刊の中面に差し替え。)。
  • 2004年(平成16年)の紙面刷新で、宮城版を除く県域面が廃止され「とうほく交流ワイド」面2ページが新設された(宮城版は「とうほく交流ワイド」面2ページに加えて、県域面「みやぎ」2ページ+「みやぎ地域ニュース」2ページの4ページが別途あり、宮城以外では前日の夕刊の中面に差し替え)。河北新報の発表データによると、2009年現在で宮城版以外の発行部数は約1.5万部と、全体の発行部数に比してごくわずかであり、各県ごとに紙面を差し替える余裕がなくなったためとみられる。
  • 2008年(平成20年)4月からは「とうほく交流ワイド」面が「ワイド東北」面に宮城版の圏域面「みやぎ」が「みやぎ総合」、「みやぎ地域ニュース」が「みやぎ街ひと話題」に名称変更された。

東北地方太平洋沖地震

  • 2011年3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)により、南三陸町の志津川支局は津波で流され、石巻総局や気仙沼総局なども浸水の被害を受けた。
  • 本社ではCTSが転倒したため、新聞製作が困難になり、災害協定を結んでいた新潟日報社が地震発生を知らせる号外を作り、そのデータを河北新報社に送信して河北新報社の印刷所で印刷した。
  • 翌日12日付けの朝刊は河北新報の記事を回線を使い新潟日報社に送って紙面を作成、同様に河北新報社の印刷所で印刷し、被害の大きかった地域を除き宅配も行われた。この日の朝刊は8ページだが(通常は26ページ 番組表も宮城県のもののみを掲載し、テレビ・ラジオを1頁にまとめる特例版<宮城県外の局はラジオを含め割愛>となった)、写真を多数掲載し、宮城県および東北地方各地の被害を伝えた。これ以降は本社で全ての新聞製作が行われた。
  • 3月13日(日)には朝刊の他に午後に号外も配られた。12日、13日の新聞は一部の販売店で無料で配られた。
震災関係の記事は河北新報の特設ページに掲載されているほか、同社が全国向けに出版した震災記録写真集にも12-14日朝刊の一部が収録されている。
  • 東北地方太平洋沖地震発生(3月11日)から翌日(3月12日)の朝刊を刷り上げるまでの河北新報社内のドキュメントが、『河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙』という書物に纏められて出版された[8]
  • 震災一周年の2012年3月11日(宮城県内の亡くなった方)、12日(宮城県外の亡くなった方)で、東北地方太平洋沖地震で亡くなった15,854人すべての方の名前を載せた。

トラブル

  • 2013年1月22日21時30分頃、輪転機を冷やすモーターが故障した。この修理に約3時間を要した為、トラックで新聞を輸送する秋田県の全域と青森県及び岩手県福島県の一部で1月23日の朝刊(約1700部)が配達されない事態が発生した。

脚注

  1. ^ 『大辞泉』 小学館、1998年
  2. ^ 広告料金表
  3. ^ 新聞・雑誌名「東北」にみる明治期の東北地域観岩手大学教育学部研究年報第57巻第2号、1998年2月)
  4. ^ 朝日新聞を受託印刷(河北新報社)
  5. ^ 河北新報社が読売新聞の一部を受託印刷(河北新報社)
  6. ^ 広告も、全国共通のものをのぞくと宮城県内向けのものがほとんどである。
  7. ^ 岩手県で比較的多く読まれているほかは各県の購読数は数百部程度にとどまる。参考・河北折込センター
  8. ^ 河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙 文藝春秋社書籍ショールーム参照

関連項目

外部リンク

生年・年代別人物ナビ

10月25日の出来事

出来事
1922 シベリア出兵:樺太北部を除いて日本軍が撤兵を完了
1924 明治神宮外苑競技場(後の国立霞ヶ丘競技場)竣功
1934 日本蘭印間に国際電話開通高山本線全通
1943 第83臨時議会召集。
1945 台湾光復式典。台湾の領有権が、大日本帝国から中華民国に転換。 憲法問題調査委員会設置。(委員長松本烝治)警視庁が、東京都内における待合茶屋バー料亭などの営業を許可する。
1946 GHQ: 石油関係法令廃止と配給会社解散を指令 (SCAPIN-1294, Distribution of petroleum products)
1949 第6臨時国会召集(12月3日閉会)。
1952 「日本国との平和条約」発効により、ポツダム命令がこの日で全て廃止される。
1960 横田喜三郎が第3代最高裁判所長官に就任。
1964 池田勇人首相、東京オリンピック閉会式の翌日に退陣を表明。
1965 大阪万博のテーマが「人類の進歩と調和」に決定。
1968 和田アキ子が歌手デビュー。10月某日米、北爆を全面停止(1972年に再開)。
1971 中華人民共和国が国連加盟、中華民国台湾)は事実上の追放。(アルバニア決議
三重県一志郡白山町(現・津市)の近鉄大阪線総谷トンネル特急列車同士が正面衝突、死者25人を出す大惨事に(近鉄大阪線列車衝突事故)。- 東京都武蔵野市吉祥寺に、アーケード商店街サンロード」開業。また11月10日には吉祥寺初の百貨店伊勢丹吉祥寺店が開店(2010年3月14日閉店)。
1981 巨人がパ・リーグの覇者日本ハムを4勝2敗で下し、V9最終年以来となる日本シリーズ制覇。この年の日本シリーズは全て後楽園球場で行われた。
1983 アメリカ軍グレナダに侵攻。
1984 オーストラリアからコアラ6頭が贈られて日本に初めて上陸。
1985 本田技研工業が「レジェンド」を発売し、高級セダン市場に参入。
1986 本田技研工業が「インテグラ」4ドアセダンを発売。
1990 シャープがハイパー電子システム手帳「PA-9500」を発売。
1993 カナダ議会総選挙(下院)で野党カナダ自由党が圧勝、与党カナダ進歩保守党は169議席から2議席に転落する大敗北を喫した。
2001 Microsoft Windows XPOEM版発売。リテール版は11月16日発売。
2002 石井紘基刺殺事件
2005植民地ハンセン病患者が補償を求めた訴訟で、東京地方裁判所韓国側患者の訴訟については敗訴、台湾側患者の訴訟については勝訴の判決を言い渡す。2つの訴訟で裁判長が異なる事から、判断が分かれる結果となる。
2009 チュニジア大統領選挙。ザイン・アル=アービディーン・ベン=アリー大統領が89.62%を獲得して5回目の再選[156][157]。

10月25日生まれ

生誕
1905 稲川東一郎、高校野球指導者(+1967年
1909 土門拳写真家(+1990年
1910 上島忠雄、UCC上島珈琲創業者・初代社長(+1993年
矢倉玉男競馬騎手調教師
1911 花森安治編集者ジャーナリスト(+1978年
1914 上田正、元プロ野球選手(+1944年
1915 石田光彦、プロ野球選手(+1980年
1918 デイヴィッド・オーズベル心理学者(+2008年
1923 ベアテ・シロタ・ゴードン、舞台芸術監督・フェミニスト日本国憲法を起草したメンバー(+2012年
1926 ガリーナ・ヴィシネフスカヤソプラノ歌手(+2012年
1928 ピーター・ナウア計算機科学
1931 富島健夫小説家(+1998年
1936 野沢雅子、女優・声優
1937 立木義浩写真家
1941 アン・タイラー、小説家
1942 日野皓正トランペット奏者
1945 キートン山田俳優声優ナレーター
宮崎学、作家
1946 山本浩二、元プロ野球選手・プロ野球監督・野球解説者
エリアス・フィゲロア、元サッカー選手
1947 大和田伸也俳優
1954 金沢明子民謡歌手
1957 宇都宮隆ボーカリスト(TM NETWORK)、俳優
大仁田厚、元プロレスラー政治家
ナンシー・カートライトアメリカ合衆国女優
1959 ラッキィ池田振付師・タレント
1960 吉田博之、元プロ野球選手
1961 石住昭彦舞台俳優声優
1964 石井丈裕、元プロ野球選手
1965 マチュー・アマルリック、俳優
1967 崎山龍男ドラマー(スピッツ)
松本大洋、漫画家
1969 立洸熊五郎、元大相撲力士
シモーネ・コッホ、フィギュアスケート選手
1970 ピーター・アーツ、格闘家
1971 岩崎征実、声優
ペドロ・マルティネス、メジャーリーガー
五嶋みどりヴァイオリニスト
ロージー・レデットアコーディオン奏者・歌手
1972 葉君璋、野球選手
1973 小笠原道大、プロ野球選手
1974 李炳圭、プロ野球選手
1976 アントン・シハルリドゼ、フィギュアスケート選手
1977 花田真人、プロ野球選手
1978 安英学、サッカー選手
高樹マリア、元AV女優
1979 喜田剛、プロ野球選手
1980 富樫和大、元プロ野球選手
佐藤二郎、元プロ野球選手
1981 ショーン・ライト=フィリップス、サッカー選手
1983 秋元優里、フジテレビアナウンサー
紅音ほたる、AV女優
瑶子女王皇族寬仁親王の二女
JUN、ファッションモデル
千葉英貴、元プロ野球選手
梅田浩、プロ野球選手
1984 深町亮介、プロ野球選手
関谷名加テレビ山口アナウンサー
ケイティ・ペリー、シンガーソングライター
1985 YVE、歌手(Z-1
イサ・エリアクゥ、サッカー選手
川嶋義一、俳優
シアラ、歌手
高垣彩陽、声優26日-モンタ・エリス、バスケットボール選手
1987 村中恭兵、プロ野球選手
渡辺志穂、元AKB48
大西正樹、プロ野球選手
中山明日実、バスケットボール選手
1989 高田将司、タレント(ジャパンアクションエンタープライズ
レジェンヌ・マレ、フィギュアスケート選手
益田直也、野球選手
1990 薬丸翔、俳優
笠川永太、サッカー選手
1991 金井史更、俳優
愛川こずえネットアイドル、元DANCEROID
1996 朝日梨帆、女優
1998 照井宙斗、俳優
2001 エリザベート・ド・ベルジックベルギー王女

10月25日死没

死没
1913 堀真五郎、武士・大審院判事(*1838年
1921 バット・マスターソンアメリカ合衆国西部開拓時代ガンマン保安官(*1856年
1934 フランク・スプレイグ発明家(*1857年
1941 ロベール・ドローネー画家(*1885年
1946 原口統三、遺稿「二十歳のエチュード」で知られる旧制一高生(*1927年
1947 泉二新熊裁判官刑法学者(*1876年
1951 アメリー・ドルレアン、ポルトガル王カルルシュ1世の妃(*1863年
1955 佐々木禎子広島平和記念公園原爆の子の像のモデルとして知られる少女(*1943年
1963 ロジェ・デゾルミエール、指揮者(*1898年
1965 ハンス・クナッパーツブッシュ指揮者(*1888年
1968 村岡花子翻訳家児童文学者(*1893年
1970 北沢敬二郎大丸元社長(*1889年
1971 立野信之、小説家(*1903年
1973 アベベ・ビキラ、マラソン選手(*1932年
1976 アントニン・レーモンド、建築家(*1888年
レーモン・クノー、作家(*1903年
1977 稲垣足穂、小説家(*1900年
1985 物集高量国文学者(*1879年
1993 ヴィンセント・プライス、俳優(*1911年
1998 スーザン・ストレンジ、国際政治経済学者(*1923年)
ウォーレン・ウィービー、歌手(*1953年)
2002 石井紘基、衆議院議員(*1940年